CoCo壱の経営戦略とは? カレー業界1人勝ちの戦略を読み解く
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企業分析2024.4.29
突然ですが、皆さんは外でカレーを食べますか?また、食べる場合はどこのお店を利用しますか?
今回は、国内カレー業界で1位を走る「カレーハウスCoCo壱番屋(以下:ココイチ)」を分析しました。
ココイチは40種類以上あるトッピングから、好きなものを自由に組み合わせる「マイカレー」スタイルが人気のカレーチェーン店です。
そんなココイチですが、実は
・毎年のように値上げを繰り返している
・コンセントや大人気コミックの設置でくつろげる店舗づくりをしている
というのをご存知でしたか?
外食業界では珍しい道を進むココイチの戦略を、決算書の情報と店舗で目にした情報をもとに分析していきます。
目次
壱番屋:財務状況
まずはココイチを運営する壱番屋の業績を見てみましょう。
壱番屋の売上高は、コロナの影響を受けていない2020年まで、右肩上がりで成長しています。(2017年の売上高がガクッと落ちているように見えますが、これは決算期の変更があったためです)
最初に、この売上高の成長要因を読み解いていきます。その後に、壱番屋が今後も成長していくためには何が必要なのかを考えます。
また、壱番屋は海外でも店舗を展開していますが、売上高も店舗数も国内が9割を占めています。したがって、今回の壱番屋の分析では国内事業をメインに取り扱います。
それではここから本編に入ります。
壱番屋:ココイチの属する業界
国内には様々なカレー店が存在します。その中で、多店舗展開しているカレー店各社の店舗数を見てみましょう。各社の店舗検索ページより国内店舗数を数えたところ、2021年7月時点では日乃屋カレーが79店舗で2位に位置しています。
それでは、1位のココイチは国内に何店舗あるでしょうか?
正解は1,253店舗です!なんと2位の約15倍の店舗数です。国内のカレー業界ではココイチが独走状態であることがよくわかります。
壱番屋:ココイチ独走の理由は?
外食業界は参入障壁が低いため、競争が激しくなりやすい特徴があります。それなのに、なぜココイチは独走状態をつくれたのでしょうか?
ここでは3つの理由をあげます。
壱番屋の強み:調達力
1つ目は調達力です。
実はカレー店のチェーン展開には「原材料の調達」問題が存在します。
カレーの原材料であるスパイスは、赤道付近や亜熱帯の国で生産されています。このような国は政治や経済が不安定であるため、日本のチェーン店が直接輸入するのは困難です。そのため、伝統的なスパイス商社と組まない限り、チェーン展開できないという制約があります。
壱番屋は、当初からスパイス商社のハウス食品と取引をしていました。さらにはハウス食品に株も渡して資本関係もありました。(長期的な安定を目的に、壱番屋は2015年にハウス食品グループの子会社になりました)
壱番屋は早くからハウス食品と関係を構築することで、「原材料の調達」問題をクリアしていました。
壱番屋の強み:生産能力
2つ目は生産能力です。
ココイチのカレーソースは比較的シンプルであるため、集中調理に向いています。そこで壱番屋は、株式会社設立翌年の1983年にセントラルキッチンを完成させました。
さらに生産設備への投資を続け、1999年には3棟目のセントラルキッチンを完成させました。この段階で、すでに1,200店舗まで対応可能な生産能力を有していました。
生産設備への積極的な投資により、壱番屋は多店舗展開の土台を早くから作り上げていました。
壱番屋の強み:開発力
3つ目は開発力です。
ココイチが人気の要因は、やはり豊富なトッピングです。現在は約40種類と豊富なメニューから選ぶことができます。大人から子供まで、男女問わずに楽しめるトッピングをこれほど開発できたことは、他社の追随を許さない障壁になっているでしょう。
以上「調達力」「生産能力」「開発力」の3つが、ココイチの独走している理由としてあげられます。
壱番屋:成長要因は?
冒頭でもお見せしたとおり、壱番屋の業績は右肩上がりです。ここでは、なぜ売上高が伸びているのかを、分解しながら読み解いていきます。
まずは売上高を「店舗数」×「1店舗あたり売上高」に分解して、それぞれの推移を見ます。
この2つの指標は、数字の大きさに差があるため、実数比較では正しい示唆を得るのが難しいです。そこで、2012年の数値を1.00としたときの推移で比較します。
店舗数の推移は右肩上がりになっていますが、増加の幅はそこまで大きくありません。
一方で、1店舗あたり売上高は大きく伸びています。
このグラフから、売上成長の主な要因は1店舗あたり売上高の増加であることがわかります。
実は、2011年以降の決算書を読むと、出店数よりも1店舗あたり売上高を重視する戦略をとってきたことがわかります。したがって、1店舗あたり売上高の増加要因を深堀りすることが重要であると判断できます。
続いて、1店舗あたり売上高の増加要因を分析するために、さらに「1店舗あたり客数」×「客単価」に分解します。
先程のグラフと同様、2012年数値を基準にして推移を見ていきます。
1店舗あたりの客数は、2014年に急増が見られます。株主通信によると、これはテレビ朝日のバラエティ番組「アメトーーク!」にて、”ココイチ芸人”回が放送された影響だそうです。テレビの影響を受けて客数は急増したものの、2015年以降はあまり伸びていません。増減を繰り返していることがわかります。
一方で、客単価はきれいに右肩上がりで推移しています。
このグラフから、売上高の右肩上がりは客単価の上昇が要因であると判断できます。
したがって、客単価上昇の要因を探ります。
壱番屋:客単価上昇の要因は?
2012年は839円だったココイチの客単価は、2021年には972円にまで上昇しています。10年間で約130円のプラスに成功しています。
なぜ客単価がこんなに上昇しているのでしょうか?
その主な要因は「値上げ」です。
実はココイチは、2014年ごろから何度も値上げを繰り返してきました。
壱番屋:値上げの秘密
外食業界には低価格に走る企業が多い中、ここまで強気に値上げを繰り返すことができるのはなぜでしょうか?
主な理由は3つあります。
壱番屋の値上げの秘密:業界構造
1つ目は業界構造です。
前半で紹介したように、カレー業界はココイチが独走しています。
一般的な外食業界は、競合がひしめき合っているため、商品(メニューや味)で差別化することが難しいです。そのため、集客するために販売価格を低くする企業が多いです。
しかし、カレー業界はココイチ1強のため、そのような価格競争が発生しません。その結果、ココイチは値上げをしても、大きな客離れが起きにくい特徴があります。
壱番屋の値上げの秘密:トッピング積み上げ方式
2つ目はトッピング積み上げ方式です。
ココイチはカレーソースとトッピングを別商品として販売しています。また、値上げのタイミングも値上げ幅も、カレーソースとトッピングでは別にしています。その結果、セット売りしている場合よりも、消費者には値上げ幅が小さく感じられる錯覚が起こります。
これも客が離れにくい理由であると考えられます。
壱番屋の値上げの秘密:顧客体験
3つ目は顧客体験です。
イメージがない方も多いかもしれませんが、実はココイチ、顧客がゆっくりくつろげる店舗づくりをしています。
例えばWi-Fiが利用できたり、座席でパソコンや携帯電話の充電ができたりします。
そして何より意外だったのが、数種類の人気コミックが全巻取り揃えられていることです。料理が届く前や食べ終わったあとに、好きなだけ読むことができます。
また、テーブルにウォーターピッチャーを置いてくれるため、喉が乾いても店員さんを呼ぶ必要がありません。
食べ終わったお皿を下げに来てくれた店員さんは、「ごゆっくりどうぞ」と声をかけてくれました。とても居心地が良かったです。
(店舗によりサービス内容が異なる可能性があります)
では、このような体験には、どれほど価値があるのでしょうか?
類似体験を有料で提供しているサービスがあります。それは漫画喫茶です。有名な漫画喫茶ではココイチと似た顧客体験を300円ほどで提供しています。もちろん、この料金には「シャワーが利用できる」などの体験も含まれるため、正確な比較にはなりません。しかし、ココイチが無料で提供している顧客体験には、数百円の価値があることがわかると思います。
これを踏まえると、900円以上の客単価に対して不満を持つ顧客が少ないことにも納得できます。
以上より、ココイチが客数を落とすことなく、客単価を継続的に上げることができた理由は、「業界構造」「トッピング積み上げ方式」「顧客体験」にあると考えています。
壱番屋:値上げによる財務数値への影響は?
これまでの分析で、壱番屋の売上高の成長要因を深堀りしました。その結論として「値上げ」施策が要因であることを突き止めました。
ここで、1つ疑問を持ちました。この「値上げ」は売上高にしか影響がないのでしょうか?売上高以外の財務数値に影響はないのでしょうか?
これに対して、僕は「売上原価率の低下」をもたらしているのではないかという仮説を立てました。メニュー(売上原価)はそのままで売値だけ引き上げたら、売上原価率は低下するはずだと考えました。
そこで売上原価率の推移を見たところ、仮説は見事に外れていました。売上原価率は上昇傾向でした。
ではなぜ、値上げを繰り返したにも関わらず、壱番屋の売上原価率は上昇傾向なのでしょうか?
その答えは、壱番屋のビジネスモデルにあります。
壱番屋:ココイチのビジネスモデル
ここで壱番屋のビジネスモデルを紹介します。
まず出店形態を見ると、壱番屋の国内1,301店舗のうち、1,121店舗がフランチャイズ(以下:FC)による出店です。
壱番屋のビジネスモデルは、FC店舗からロイヤリティをもらうのではなく、FC店舗へカレーソースなどを販売して対価をもらうモデルです。
このFC向け売上が全体の65%を占めています。そして、残りの大半を直営店売上が占めています。
次に、このビジネスモデルと売上原価率の関係性を見ていきます。
まずは直営店売上の売上原価率についてです。一般的な外食事業者の売上原価率は30~40%と言われています。壱番屋はセントラルキッチンによって一般事業者よりもコストが抑えられるため、壱番屋の直営店売上の売上原価率は約3割だと推測されます。
続いて、FC向け売上の売上原価率についてです。決算資料にFC向けの売上と利益が記載されています。この数字をもとに計算すると、FC向け売上の売上原価率は約7割になります。
(利益については営業利益の構成要素として記載されています。しかしFCに関する人件費や賃借料といった販管費は、基本的に費用計上されません。そのため、ここに記載された利益とFC向け売上の「売上総利益」には大差がないと考え、「売上総利益」として計算に使用しています)
まとめると、直営店売上の売上原価率は約3割、FC向け売上の売上原価率は約7割となっています。ここから、売上高に占めるFC向け売上の比率が上がるほど、全体の売上原価率も高くなることが読み取れます。
次に、壱番屋の店舗構成を確認します。
店舗構成の推移を見ると、FC比率は年々上昇しています。
つまり、壱番屋の売上原価率は、売上原価率が高いFC向け売上の比率とともに上昇するという仕組みであることがわかりました。
この仕組みを理解すると、壱番屋の業績評価をする際の注意点が見えてきます。
それは、収益性指標の増減はあまり意味がないということです。なぜなら、収益性は店舗構成だけで変動してしまうからです。
その代わりに見るべきはトップラインです。売上高や売上高に直結する指標の動きが重要であると考えています。
※ビジネスモデル上、壱番屋の売上高は厳密には「直営店売上」と「FC向け売上」に分かれます。しかし、FC店の店舗売上(対顧客売上)が増えるほどFC向け売上も増えます。
したがって、ここでは簡単に「売上高=店舗数×1店舗あたり売上高」の式のまま、分析を進めます。
壱番屋:今後の成長の鍵は?
2020年までの壱番屋の成長は、値上げによる「客単価」の増加が要因でした。
しかし、今後もこのまま値上げを繰り返すことはできるのでしょうか?
2021年の客単価は972円で、このペースではすぐに1,000円を超える勢いです。ゆっくりくつろげる体験を提供しているとはいえ、客単価が1,000円を超えてくると、さすがに客離れが進む可能性は高いです。
したがって、これからは客単価以外の指標、つまり1店舗あたり客数と店舗数の増加が成長の鍵になります。
では1店舗あたり客数を増やすにはどうすればよいのでしょうか?
ポイントは「アイドルタイムの集客」です。
アイドルタイムとは、ランチとディナーの間にある、客数が少ない時間帯のことです。
壱番屋の時間帯別客数構成比を見ると、14時台~16時台が大きく減っていることがわかります。やはりココイチはカレーがメインであるため、アイドルタイムであるお昼過ぎの客数が大きく減ってしまうのが現状です。
しかし、ココイチにはコンセントやWi-Fiが整備されています。したがって「外で作業する人」の集客は見込めると考えています。カフェやファストフードに並んで、ココイチが彼らの選択肢に入れば、アイドルタイムの客数は増加できるでしょう。
今後「外で作業する人」の選択肢に入るためには
・作業利用に適したメニューの開発
・作業できる場所として認知してもらうプロモーションの実施
が必要です。
続いて、店舗数を増やすにはどうすればよいのでしょう?
ポイントは「海外展開」です。
壱番屋の国内店舗数は1,200店を超えています。しかし、しばらくは横ばいが続いてきました。
この推移から、国内での店舗増はあまり見込めないと推測されます。
一方で、海外店舗数を見てみると、増加傾向にあります。ココイチは積極的に海外への出店を進めています。
そして2020年に着目するべきリリースがありました。
ついに、カレーの本場であるインドへ初出店を果たしたことです。インドはカレーの本場であるのに加え、人口13億人という巨大な市場です。したがって、インド1号店を成功させ、多店舗展開することできれば、売上は大きく成長するでしょう。
壱番屋:企業分析のまとめ
「値上げを繰り返している」とだけ聞くと、利益重視の企業のように思われるかもしれません。しかし、ココイチの値上げには「ゆっくりくつろげる」という顧客への価値提供が伴っていました。
ココイチと顧客、両者にとってプラスとなる戦略だと感じました。
以上、ココイチの分析でした。
ここまで読んでくださった方は、店舗で漫画片手にくつろぎながら、ココイチのカレーを食べたくなっているのではないでしょうか??
ということで最後に、おすすめの「マイカレー」を紹介します!
・クリームコロッケ(カニ入り)+ほうれん草
・ほうれん草+たっぷりあさり+スクランブルエッグ
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また、今回の分析で扱った損益計算書の読み方についてを学びたい方は下記の記事もお勧めです。
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飲食関係ビジネスでは、類似の事例としてコカ・コーラの儲けの仕組みもお勧めです。
また、会計クイズが遊べるアプリ「Funda」では、壱番屋とコメダ珈琲を運営するコメダHDの比較クイズを用意しています。ここでは取り上げられなかった壱番屋の独自制度「ブルームシステム」についても触れていますので、ぜひクイズに挑戦してみてください!
<この分析記事の出典データ>
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